suitandtie

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日記的な

日記だよ!でもアメリカに住んでる→日記なのに日付がずれる!→こまけぇこたぁいいんだよ!

陳腐な台詞で溢れた日記

週初めの月曜日。月末でもあり4年に1回しかない2月29日だったりもする。ちなみにうるう年の2月29日を英語では"leap day"と呼ぶ。普通に仕事して、晩ご飯によく行くChipotleのチキンボウルを買って家で食べて、のんびりして今週の初日が終了。

 

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最近はレタスをトッピングしてお店特製のイタリアンドレッシングをかけて食べるのが個人的流行り。メチャウマ。

 

2日前の土曜日に、昨年定年退職した元役員の人が心臓発作により自宅で亡くなったとの連絡が社内メールで入った。彼と会ったり直接話したことのある私を含めた大多数の社員たちは、朝から少なからず動揺した。まして私や他の支店長、役員の人達はほんの2週間前に本社での会議の後の会食で、ふらっと現れた彼と一緒にビールを飲んで楽しんでいたばかり。彼は60台前半のおじさんで、定年するのに十分なお金が溜まった(本人談では2億円弱だと言ってた)のと役員の世代交代の時期だったこともあり、昨年10月に円満に定年退職。奥さんと2人、悠々自適な老後の生活を送り始めた矢先のこと。彼はUniversity of Oregonのフットボールチームの大ファンで、チームに結構な額の寄付もしてて、他州で行われる試合にも応援にったりするほどのコアなファン。今年の秋に見に行く試合の話を楽しそうに喋っていた彼の顔は今でもはっきりと覚えている。なんせほんの2週間前に会ってたんだから。

 

私が生きてきた30年弱の間で身近な人が亡くなったことは片手で数えられるほどしかなく、知り合いが少ないという事実は抜きにしてもそういった意味では私はとても恵まれている人生を送っている。その分、今日みたいにめったにない知らせを受けると私の意識の中でその影響がとても大きい。彼の奥さんを含めた遺族の方には失礼かもしれないけど、知らせを聞いて最初に思ったことは彼は幸せだったのだろうかという疑問だった。30何年間会社に尽くして一生懸命働いて、1番下っ端から役員にまで上り詰めた彼の努力は並大抵じゃなかったに違いない。それでやっと定年して好きな時に好きなことを出来るようになったと思ったら定年から4ヶ月後に心臓発作で突然死んでしまう。私の知っている範囲ではなにか重い病気を患っていたわけでもない。タラレバの話だけど、もし彼が自分が死ぬ日を事前に知っていたら去年の10月よりも前に定年退職しなかったのだろうか。お金は死んでしまってからは使えない。個人的には資産を自分の子孫に残すことは私の人生の重要事項ではないが、彼の場合はどうだったのだろうか。もし私と同じような考えであれば、1億以上のお金を残してなくなったことについてどう思うのか。彼には奥さんがいる、好きなスポーツチームもある、友達もたくさんいる。職場繋がりの私が言うのもおかしいが、仕事以上にやりたいことは他にもあったんじゃないだろうか。こんなことが頭を駆け巡っていて、月末だっていうのにあんまり仕事に身が入らなかった。

 

人生の満足度は相対評価ではなく絶対評価、もっと言えば100%主観的な(もしくはそうあるべき)ものなので、彼の幸せの多寡は私には判断し得えない。ただ唯一言えることは、これまた遺族の方にはかなり失礼だが、私は彼と同じような人生を生きたいとは思わないということ。私は世界中すべての国に行ってみたい。サッカーワールドカップの決勝戦をスタジアムで見たい。UEFA Champions Leagueの決勝をスタジアムで見たい。ドイツのオクトーバフェストに行きたい。1都1道2府43県全てを訪れて太田和彦のように居酒屋を飲み歩きたい。車でアメリカ横断旅行がしたい。これらをするにはお金は勿論だが、まとまった時間も必要だ。私の知る範囲では彼の人生ではこれらのことはできなかったと思う(しようと思う興味もなかっただろうが)。そして同時に、現時点の私の就労状況でもこれらのことは成し得ないのも現実。「何やってるんだ!」と自分に言いたくなるし、この状況を変えるべく具体的な行動は何もしていない自分にがっかりする。お金を貯めるということはしているが、これは具体的な行動をしていないことへの言い訳であり逃げ道のような行為だとの自覚もあるのが厄介。今日は自分の現状に特にがっかりした。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の通り、しばらくするとこの考えも意識の奥に消えていってしまい、現状維持の日常に戻ってしまうことを知っている私にさらにがっかり。

 

さまざまな所で見聞きする、「人生は1度しかないから好きなことやって過ごせ」、「興味のないことに時間を費やすな」、「人生はお金じゃない」などは使い古されて陳腐な台詞だけど本当に正しい考えだと思うし、今日の出来事を通して、やりたいと思うことはできる限り今すぐにやらなきゃダメっていうのは真実。でも人生をこなしているとお金が必要なことは多々あるし、まして私のやりたいと思うことは絶対的にお金が必要。そして、興味がないことややりたくもない仕事をする事でそれが本当にやりたいことにつながっていく場面もあると思う。要はそのバランスが大事で、お金も必要だしやりたくないことをやることも必要。でも自分がやりたいことや欲しいものを常に意識して、それに向けて少しでも具体的な行動を取ることが、自己評価で幸せな人生を送る1つの方法な気がする。

 

ここまで書いて、自己啓発本やスピリチュアル系の本に書いてあることばっかりな疑惑が浮上してきたのでもう寝よう。他人にあまり興味のない私だが、彼が語っていたこれから楽しみにしていた素晴らしい人生が彼に訪れないことが本当に本当に悲しい。