suitandtie

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日記的な

日記だよ!でもアメリカに住んでる→日記なのに日付がずれる!→こまけぇこたぁいいんだよ!

それでは歌っていただきましょう、利根川幸雄で「金は命より重い」

Diary Book Review

土曜日の今日は朝からサッカーを見て、昼過ぎに嫁さんと食料品の買い物に行き帰宅。コーヒーでも飲みに行こうかと言ってたけど、車にガソリン入れたり買い物したりで結構お金を使ったので、うん、まぁ帰りますか...となった。で家に着いてすぐ雪がちらついてきて、いいタイミングで帰ってきたねと結果オーライ。そっからご飯作ったり読書したり嫁さんと近未来の話しをしたりして、ダラダラと今日も終了。自分で作ったホットドッグがうまくて幸せ。

 

2万円台ってかなり安くて衝撃的。記事で最初に出てくる例として神奈川の相模原駅周辺の物件とあって、相模原って都心からそんなに遠くない(記事では都心まで電車で約1時間とある)しかなりいい条件なんじゃないの?と思った。私が昔住んでた新宿の1Kぼろアパートは月7万か8万円したよな、とか思い出した。

 

今日読み終わった本はこれ。

 

 

著者のphaという人はネットでよく話題を見かける人。ニートでシェアハウスやっててダラダラ生きてるのを公言してて、っていうくらいしか知らず、この人の本を読んだのは初めて。この本自体は内容は結構軽くて、サクサク読める。いくつか引用を。例えば1つ。

 

 「生きてるからには仕事をしないともったいない」とか「何もしないのは人生をムダに過ごしている」とかいう人が世間には多いけど、それは一種の宗教みたいなもので、なんかちょっと違うなー、と思う。仕事をするのも大事なことだけど、仕事をするために人生があるのではなくて、より良く生きるための手段の一つとして仕事というものがあるに過ぎない。

 

前回日本に遊びに帰った時、私の友人の1人で実家でニートやってる奴がいて、そいつの話になった時に、私の父が「人間、社会に出て働かないと何のために生きてるか分かんねぇだろ」って言ってて、まさに著者が言及してるセリフを聞く機会があったのを思い出した。私としてはどっちの意見もある程度まで正しいと思うから、まぁ人それぞれどっちでもいいんじゃないのとは思う。

 

他に、その通りだなと思ったのはこれ。

学校でいじめが起きたり家族の中で暴力が振るわれたりしやすいのは、「同じメンバーが同じ場所にずっと集まっていて他の場所に逃げることが出来ない」からだ。みんながもっと自由に他の場所に行ける状態なら、不和や不仲がいじめや暴力にまでエスカレートする前にどちらかが逃げて別の場所に行ってしまうだろう。他人との距離を自由に調節できない状態で人間が集まると、大体トラブルが起こる。いざというときに逃げられる場所というのはどんなときでも必要だ。

 

子供時代には学校生活が自分のすべてみたいな所があるから、そうすると必然的に逃げ場は家族ぐらいになって、もしそこにも問題がある場合にはもうどうしようもないってことになってしまう。また自分の経験上、子供の時には自分が所属するグループを分散したりうまく可視化出来ない事が多い。そういう状態で1つの場所でネガティブな事が起きると、その影響が自分の周りの全てに波及して、たとえ本当は逃げ場がある場合でも袋小路に入ってしまったように感じる事が多々ある。

 

全体的な感想としては、著者の言うような生活もありだと思うしその正反対の生活もありだと思う。要はそのどちらも選択可能な社会がいいんじゃないの?という事かなと。ここ50年60年くらいの現代では著者の主張と正反対の、バリバリ働いてお金を稼ぎ、会社に忠誠を尽くし人間関係を幅広く構築して生きていくというのが多数だったが、もっと長いスパンで今までの歴史を見れば、著者の言うようなのんびりその日1日1日やることを考えて、やりたくないことは極力やらずお金はほどほどに稼げればいいと見切りをつけ、少ないお金で最大限楽しむという生き方をしていた人も結構いたと思う。何百年も昔はそんなに仕事もなかったかもしれないし、数日働いて稼いだお金でできるとこまで生活し、お金が底をついてきたらまた数日働くみたいな生き方が絶対にあったと思う。だから著者のような生き方が特別変わってるというわけじゃないんじゃないかな。

 

でもなんにせよある程度お金があるのが1番いい。最後に我らが利根川幸雄より一言引用。「金は命より重い」!!!!!!